サイトに上げたい秀+時→よっし
終わって始まって
時音にとって親しく話せる男友達という存在は、思えば秀が初めてだった。
仕事第一の時音はまだ恋愛には興味がなかったし、容姿端麗、文武両道を地でいく時音に近付く勇気を持っていた同じ年頃の異性は中々いなかったのだ。
そんな中で、一般人には秘密にしなければならない烏森の夜の仕事を隠すことをする必要もなく、また互いに我が儘で苦労を掛けられる弟分がいるという共通点は、会話を弾ませた。
それに夜行から不自然に派遣された彼らに対する警戒心は、秀の人柄で殆ど払拭されている。
いきなり転校してきて、高嶺の花である時音に親しげに話しかけ、あまつさえ一緒に帰宅しているということで奇異に、或いは敵意を向けられても秀はそんなことお構いなしだった。
剽軽で、思いやりがあって、弟分である閃にどこまでもつきあってやれる懐の広さと反対に、そうやって他人の視線を無意識なのか意識的なのか無関心でいるという冷たさに、時音は妖混じりの哀しさも見てしまったのだ。
つまり、時音にとって秀は心が許せる存在になっていた。
そんな秀の口から出る言葉は、まず「閃ちゃんがね」、次に「頭領が、夜行では」だった。そうなると時音も「良守が」、「烏森では」と言う。
まるでお互いしか知らない情報をやりとりしているような気分に時音は心地よさも感じている。
そんな、ある日だった。
「良守君は時音ちゃんが特別なんだねー」
「え?」
秀は昨晩の出来事を口にした。どうやら良守は烏森で秀と閃にケーキの試作や失敗作を食べさせているらしい。それも、時音に完璧な作品を渡す為に。
「ウチって貧乏だから、甘いモノって中々食べれなくてさ。失敗作でもすごく美味しいケーキを食べれて俺は嬉しいんだよ。でも、もっと美味しいのじゃないとって良守君がね言っていたんだよ」
時音はそんなことを知らなかった。
そう言えば、自分だけを呼んでケーキを食べさせてくれるときと、三人だけで食べているときとがあり、少しだけ疎外感を持っていたことを思いだす。ただ、男の子同士何か話でもあるんだろうとそこまで気にしていなかった。
だから、良守がそんなつもりでいたなんて、と思う。
「…みんなで食べればいいのに」
「特別なんだよ、時音ちゃんが。見てればわかるよー」
特別、そんな単語に時音の心臓の当たりがぽかぽかと温まった。
確かに良守は幼馴染みで、大事な弟分で、仕事仲間で、時音にとっても大事な、特別な存在だ。
大事だからこそ苦言を呈すし、きつく接する。
それなのに良守はいつだって時音、時音と言ってついてくる。まるで親についていくアヒルの子みたいに。
時にはそれがうっとおしかったこともあったけれど、今は「守る」意志を貫こうとする良守が誇りでさえある。
「良守君って、基本的にみんなに平等じゃない?」
「平等?」
「うん、平等」
思っても居なかったことを言われて時音は少し驚いた。今の良守の学校生活のことはわからないが、昔から良守は好き嫌いがはっきりしていた。それも露骨な態度で嫌いなら嫌いと言う。そう、正守に対してのように。
「時音ちゃんも勿論そうだけど、僕が妖混じりって知ってても何も変わらない。きっと限に対してもそうだったんでしょ?」
「最初は反発してたけど」
「それは多分限の態度の所為だよ。良守君は敵と判断しなかったらみんなに優しい。頭領とそっくりだ」
「正守さんと…」
「うん。でも、時音ちゃんにはすっごく好きってオーラ放ってるっていうか。良守君にとって特別なんだって思うよ。」
そうだろうか、と時音は思う。そしてそう思ってから、そうかもしれないと思った。
良守は守るもの全てに対して、守るという責任を持っている。
学校の生徒が傷ついていることで平常心がなくなったり、街が危険になったときにそれを意識することでより力を出してきたり。
また、黒芒の時だって向かっていったのが限を守れなかったという意識からだろう。
良守にとって時音を筆頭として他人は守る存在であり、誰か一人でも失ったらまた限と同じように自分を捨てるように敵に立ち向かうはずだ。
きっと、誰でも。
そこまで考えて、時音はあれ、と思う。
それならば時音は特別な存在にはなりえない。
良守がそんな風になったのは時音が怪我をして生死を彷徨ったときからだから、きっかけではある。
自分の怪我に死んだような顔をするのはその時の記憶の所為なのだろう。
けれど、それは今やどんな人間でも同じだ。良守にとっては誰が怪我をしても自分の力不足に苛まれるのだ。
つまり良守にとって時音は特別ではなく、守るモノの象徴なのではないだろうか。
じゃあ、良守にとって特別は誰?
「正守さん…」
「え?」
ぽつり、と時音はその名を呟いた。唐突な時音に秀は変な顔をしたが時音はそれに気付かない程自分の考えに没頭しはじめた。
良守は正守を嫌っている、ように時音は思っていた。それは優れている年長者が兄だというコンプレックスだとも思っていたのだが、それは違うのかも知れない。
正守がどこかの神佑地への仕事へ良守を連れて行くことになった日、良守は言っていた。
「俺から仲良くしようとしても、あいつが拒否をする」と。
それは逆を返せば、良守が正守と仲良くしたいということで。
けれど、良守は他人にそんな要求を出すことはない。
何故だろうか、良守は他人を気に掛けても、その厚意によって他人が自分に好意を寄せることを期待したりはしない。。
時音がどんなに冷たくしてもついてくるのは、時音に好かれることを期待しているからではない。秀の言うとおり、良守が時音に対して恐らく姉としての好意を向けていたいだけ、なのだ。
また、限への敵意を好意に変えたいなんて言わなかったし、彼らが親しくなったのは自然の流れのようなものだった。
良守は他人を守ることを望んでいるけれど、他人から何をされたい、どうしてほしいなんて成長してからは聞いたことがないような気がする。
それは正守の所為なのだろうか、良守が求めても正守が拒絶をしたから良守は全てを諦めたのだろうか。
他人に好かれたいという、至極当然の欲求を。
「違う…」
「時音ちゃん?」
黙り込んだ時音を暫く心配そうに見つめていたが、そうぼそりと時音が呟き、秀は頭を傾げる。
「良守にとってあたしは特別じゃないの」
「え?」
「違うのよ」
拒絶をされても、拒絶をしているように見えても、良守は正守から構って貰えることがあればそれに応えているではないか。
神佑地に行く、烏森の封印の為。
そう言いながらもそこから戻ってきた良守はどこか満たされていた。
何があったのかは詳しく聞いていないが、同じ仕事場に連れて行って貰い、正守に少しでも認められたから、近付けたからなのではないだろうか。
ぽつり、と頬に暖かいものが落ちた。
「時音ちゃんっ?」
次々と熱いものが瞳の中からこぼれ落ちる。
なんだろう、この気持ちは。
酷く淋しい。
「ごめん…」
慌てふためく秀に謝罪して、袖口で涙を拭き取った。
それでも涙は止まってくれない。
見かねた秀がハンカチを差し出してくれる。
「ごめんね、俺が泣かせたんだよね」
「…違うよ。大丈夫だから、ありがとう」
ハンカチを受け取って笑いかけると、秀が少し安心したような笑みを零す。
優しいね、と自然と口から零れた。
「そんなことないよ」
「ううん、良守よりよっぽど優しいわ」
いつか、聞いた「誰も傷つかなくてすむ」という良守の言葉。
それを時音は自分の怪我のことだと思っていた。
確かにそこで任についていれば傷つくだろうし、正統でなければ時音の父のように命をなくしてしまう。
そのことだと思っていた。
だけれど、もしかしたら。
正統になれなかった正守のことも、含まれているのかも知れない。
自分への慕情も、正守に向けられない分があるのかもしれない。
正守への気持ちが、良守を動かす根の部分なのかも知れない。
良守にとっての特別は、正守なのかもしれない。
いや、確実に良守にとって正守は唯一の特別なのだ。
時音ではなく、良守は正守に対してのみ、「好かれたい」という欲求があるのだから。
「良守はホント酷い奴よ」
こんなに期待させて、好かれていることが当然だと思わせておいてそうじゃないなんて。
気付いてすぐ失恋なんて、笑えるわと時音は心で呟いた。
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時音にとって親しく話せる男友達という存在は、思えば秀が初めてだった。
仕事第一の時音はまだ恋愛には興味がなかったし、容姿端麗、文武両道を地でいく時音に近付く勇気を持っていた同じ年頃の異性は中々いなかったのだ。
そんな中で、一般人には秘密にしなければならない烏森の夜の仕事を隠すことをする必要もなく、また互いに我が儘で苦労を掛けられる弟分がいるという共通点は、会話を弾ませた。
それに夜行から不自然に派遣された彼らに対する警戒心は、秀の人柄で殆ど払拭されている。
いきなり転校してきて、高嶺の花である時音に親しげに話しかけ、あまつさえ一緒に帰宅しているということで奇異に、或いは敵意を向けられても秀はそんなことお構いなしだった。
剽軽で、思いやりがあって、弟分である閃にどこまでもつきあってやれる懐の広さと反対に、そうやって他人の視線を無意識なのか意識的なのか無関心でいるという冷たさに、時音は妖混じりの哀しさも見てしまったのだ。
つまり、時音にとって秀は心が許せる存在になっていた。
そんな秀の口から出る言葉は、まず「閃ちゃんがね」、次に「頭領が、夜行では」だった。そうなると時音も「良守が」、「烏森では」と言う。
まるでお互いしか知らない情報をやりとりしているような気分に時音は心地よさも感じている。
そんな、ある日だった。
「良守君は時音ちゃんが特別なんだねー」
「え?」
秀は昨晩の出来事を口にした。どうやら良守は烏森で秀と閃にケーキの試作や失敗作を食べさせているらしい。それも、時音に完璧な作品を渡す為に。
「ウチって貧乏だから、甘いモノって中々食べれなくてさ。失敗作でもすごく美味しいケーキを食べれて俺は嬉しいんだよ。でも、もっと美味しいのじゃないとって良守君がね言っていたんだよ」
時音はそんなことを知らなかった。
そう言えば、自分だけを呼んでケーキを食べさせてくれるときと、三人だけで食べているときとがあり、少しだけ疎外感を持っていたことを思いだす。ただ、男の子同士何か話でもあるんだろうとそこまで気にしていなかった。
だから、良守がそんなつもりでいたなんて、と思う。
「…みんなで食べればいいのに」
「特別なんだよ、時音ちゃんが。見てればわかるよー」
特別、そんな単語に時音の心臓の当たりがぽかぽかと温まった。
確かに良守は幼馴染みで、大事な弟分で、仕事仲間で、時音にとっても大事な、特別な存在だ。
大事だからこそ苦言を呈すし、きつく接する。
それなのに良守はいつだって時音、時音と言ってついてくる。まるで親についていくアヒルの子みたいに。
時にはそれがうっとおしかったこともあったけれど、今は「守る」意志を貫こうとする良守が誇りでさえある。
「良守君って、基本的にみんなに平等じゃない?」
「平等?」
「うん、平等」
思っても居なかったことを言われて時音は少し驚いた。今の良守の学校生活のことはわからないが、昔から良守は好き嫌いがはっきりしていた。それも露骨な態度で嫌いなら嫌いと言う。そう、正守に対してのように。
「時音ちゃんも勿論そうだけど、僕が妖混じりって知ってても何も変わらない。きっと限に対してもそうだったんでしょ?」
「最初は反発してたけど」
「それは多分限の態度の所為だよ。良守君は敵と判断しなかったらみんなに優しい。頭領とそっくりだ」
「正守さんと…」
「うん。でも、時音ちゃんにはすっごく好きってオーラ放ってるっていうか。良守君にとって特別なんだって思うよ。」
そうだろうか、と時音は思う。そしてそう思ってから、そうかもしれないと思った。
良守は守るもの全てに対して、守るという責任を持っている。
学校の生徒が傷ついていることで平常心がなくなったり、街が危険になったときにそれを意識することでより力を出してきたり。
また、黒芒の時だって向かっていったのが限を守れなかったという意識からだろう。
良守にとって時音を筆頭として他人は守る存在であり、誰か一人でも失ったらまた限と同じように自分を捨てるように敵に立ち向かうはずだ。
きっと、誰でも。
そこまで考えて、時音はあれ、と思う。
それならば時音は特別な存在にはなりえない。
良守がそんな風になったのは時音が怪我をして生死を彷徨ったときからだから、きっかけではある。
自分の怪我に死んだような顔をするのはその時の記憶の所為なのだろう。
けれど、それは今やどんな人間でも同じだ。良守にとっては誰が怪我をしても自分の力不足に苛まれるのだ。
つまり良守にとって時音は特別ではなく、守るモノの象徴なのではないだろうか。
じゃあ、良守にとって特別は誰?
「正守さん…」
「え?」
ぽつり、と時音はその名を呟いた。唐突な時音に秀は変な顔をしたが時音はそれに気付かない程自分の考えに没頭しはじめた。
良守は正守を嫌っている、ように時音は思っていた。それは優れている年長者が兄だというコンプレックスだとも思っていたのだが、それは違うのかも知れない。
正守がどこかの神佑地への仕事へ良守を連れて行くことになった日、良守は言っていた。
「俺から仲良くしようとしても、あいつが拒否をする」と。
それは逆を返せば、良守が正守と仲良くしたいということで。
けれど、良守は他人にそんな要求を出すことはない。
何故だろうか、良守は他人を気に掛けても、その厚意によって他人が自分に好意を寄せることを期待したりはしない。。
時音がどんなに冷たくしてもついてくるのは、時音に好かれることを期待しているからではない。秀の言うとおり、良守が時音に対して恐らく姉としての好意を向けていたいだけ、なのだ。
また、限への敵意を好意に変えたいなんて言わなかったし、彼らが親しくなったのは自然の流れのようなものだった。
良守は他人を守ることを望んでいるけれど、他人から何をされたい、どうしてほしいなんて成長してからは聞いたことがないような気がする。
それは正守の所為なのだろうか、良守が求めても正守が拒絶をしたから良守は全てを諦めたのだろうか。
他人に好かれたいという、至極当然の欲求を。
「違う…」
「時音ちゃん?」
黙り込んだ時音を暫く心配そうに見つめていたが、そうぼそりと時音が呟き、秀は頭を傾げる。
「良守にとってあたしは特別じゃないの」
「え?」
「違うのよ」
拒絶をされても、拒絶をしているように見えても、良守は正守から構って貰えることがあればそれに応えているではないか。
神佑地に行く、烏森の封印の為。
そう言いながらもそこから戻ってきた良守はどこか満たされていた。
何があったのかは詳しく聞いていないが、同じ仕事場に連れて行って貰い、正守に少しでも認められたから、近付けたからなのではないだろうか。
ぽつり、と頬に暖かいものが落ちた。
「時音ちゃんっ?」
次々と熱いものが瞳の中からこぼれ落ちる。
なんだろう、この気持ちは。
酷く淋しい。
「ごめん…」
慌てふためく秀に謝罪して、袖口で涙を拭き取った。
それでも涙は止まってくれない。
見かねた秀がハンカチを差し出してくれる。
「ごめんね、俺が泣かせたんだよね」
「…違うよ。大丈夫だから、ありがとう」
ハンカチを受け取って笑いかけると、秀が少し安心したような笑みを零す。
優しいね、と自然と口から零れた。
「そんなことないよ」
「ううん、良守よりよっぽど優しいわ」
いつか、聞いた「誰も傷つかなくてすむ」という良守の言葉。
それを時音は自分の怪我のことだと思っていた。
確かにそこで任についていれば傷つくだろうし、正統でなければ時音の父のように命をなくしてしまう。
そのことだと思っていた。
だけれど、もしかしたら。
正統になれなかった正守のことも、含まれているのかも知れない。
自分への慕情も、正守に向けられない分があるのかもしれない。
正守への気持ちが、良守を動かす根の部分なのかも知れない。
良守にとっての特別は、正守なのかもしれない。
いや、確実に良守にとって正守は唯一の特別なのだ。
時音ではなく、良守は正守に対してのみ、「好かれたい」という欲求があるのだから。
「良守はホント酷い奴よ」
こんなに期待させて、好かれていることが当然だと思わせておいてそうじゃないなんて。
気付いてすぐ失恋なんて、笑えるわと時音は心で呟いた。
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